東京地方裁判所 昭和45年(ワ)10834号 判決 1972年3月15日
原告
西元美智子
被告
株式会社グリーンキヤブ
ほか三名
主文
被告らは、各自原告に対し、金五八万七一〇〇円およびうち金五三万七一〇〇円に対する昭和四六年四月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その一を被告らの、各負担とする。
この判決は、主文第一項に限り、仮りに執行することができる。
事実
第一当事者らの求める裁判
一 (原告)
(一) 被告らは、各自原告に対し、金一二三万三九〇六円およびうち金一〇七万〇六〇六円に対する昭和四六年四月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(三) 仮執行の宣言。
二 (被告ら)
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求の原因
一 (事故の発生)
原告は、次の交通事故により、傷害を受けた。
(一) 発生時 昭和四二年一一月六日午後五時四九分頃
(二) 発生地 東京都港区南麻布一丁目六番先交差点
(三) 加害甲車 普通乗用自動車(練五は四五四五号)
運転者 被告浅賀
(四) 加害乙車 普通乗用自動車(品川五う五三四〇号)
運転者 被告原
(五) 被害者 原告(乙車の客)
(六) 態様 前記交差点で直進しようとする甲車と、右折しようとする乙車が衝突した。
(七) 原告は、本件事故により、右側頭部打撲、右胸部打撲の傷害を受け、古川橋病院に昭和四二年一一月六日から同月二二日までの間に一一回通院したほか、昭和四三年一月二二日から昭和四六年二月一二日までに三一回、福井医院に通院して治療を受け、現在も通院中である。
二 (責任原因)
被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。
(一) 被告グリーンキヤブは、資本金六一六〇万円、一般乗用旅客自動車の運送事業を目的とする会社であり、被告グリーン世田谷は、資本金三五〇〇万円、右と同一事業を目的とする会社で、両者は、本店所在地、代表者が共通で、実質上一体をなしている会社である。乙車は被告グリーンキヤブが購入し、被告グリーン世田谷が業務用に使用していたもので、被告らは、いずれも、自己のために運行の用に供していたもので、自賠法三条による責任。
(二) 被告浅賀は、甲車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。
(三) 被告原は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。
被告原は、前記交差点を右折するに際し、対向直進車の動静を注視し、一時停止する等して安全を確認してから進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、強引に右折しようとした過失を犯し、自車左側後部を甲車の前部に衝突した。
三 (損害)
(一) 治療費 金一六万三三〇〇円
原告は、本件治療に伴ない、治療費として、右金員の支出を余儀なくされた。
(二) 通院費用 金二二〇〇円
原告は本件通院に伴ない、右の支出を余儀なくされた。
(三) 臨時雇人費用 金二万一〇〇〇円
原告に、本件受傷による休業により、家事手伝および店との連絡のため、臨時に人を雇い、そのため右金員の支出を余儀なくされた。
(三) 休業損失 金四一万七四〇六円
原告は、本件受傷により、二日間店を閉店し、一四日間休業し、次の損害を蒙つた。
1 ホステスに対する休業補償 金一三万〇四四六円
2 バーテンに対する休業補償 金一万七六〇〇円
3 家賃 金七五二〇円
4 喪失利益 金二万一八四〇円
閉店した二日分の損害
5 指示者依頼費 金二四万円
(四) 慰藉料 金四五万円
原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情に鑑み金四五万円が相当である。
(五) 弁護士費用 金一八万円
原告は、被告らに対し、金一〇五万三九〇六円の損害賠償を求め得るところ、被告らが任意の支払いに応じないため、やむなく弁護士である本件原告訴訟代理人らに訴訟提起を依頼し、本件完結後、着手金および報酬として各金九万円を支払うことを約した。
四 (結論)
よつて、被告らは、原告に対し、各自金一二三万九〇六円の連帯しての支払いとそのうち金八九万〇六〇六円対する訴状送達の翌日以後の日である昭和四六年四月一三日以降支払い済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める。
第三被告グリーンキヤブ、被告グリーン世田谷、被告原の事実主張
一 (請求原因に対する認否)
第一項(一)ないし(六)の事実は認めるが、原告の傷害の部位・程度は不知。
第二項中、被告会社らの資本金の額、営業目的および被告グリーン世田谷が運行供用者であること、被告原に過失があることは認めるが、被告グリーンキヤブが運行供用者であることは否認する。
第三項の事実は不知
二 (弁済の抗弁)
被告らは、既に、治療費のうち金二万九四〇〇円を支払つている。
第四被告浅賀の事実主張
一 (請求原因に対する認否)
第一項(一)ないし(六)の事実は認めるが、(七)の事実は不知。
第二項の事実は認める。
第三項の事実は不知。
二 (免責の主張)
被告浅賀は、本件交差点に青信号の表示にしたがつて進入しようとしたところ、時速六〇粁の高速度のまま右折しようとした乙車を、二〇ないし三〇米の至近距離で発見し、急制動の措置をとるも及ばず、衝突したもので、本件事故は、専ら被告原の過失によるものである。被告浅賀には、前方注視の点からも事故発生回避の上からも、注意義務違反はなかつた。また加害甲車には構造上機能上の欠陥もなかつた。
第五原告の抗弁に対する認否
抗弁事実は争う。
第六証拠関係〔略〕
理由
一 (事故の発生および責任の帰属)
(一) 請求原因第一項ないし(六)の事実は当事者間に争いがない。
(二) 被告グリーン世田谷が加害乙車の、被告浅賀は加害甲車の、それぞれ運行供用者であることおよび被告原に本件事故発生につき過失があつたことは、いずれも当事者間に争いがない。
(三) 被告グリーンキヤブは運行供用者であることを争つているが、両者の本店所在地、営業目的および代表取締役が同一であることは当事者間に争いがなく、これと両者の社名からすると、両社は同系列会社であることが推認され、また〔証拠略〕によれば、本件加害乙車は昭和四一年七月被告グリーンキヤブが購入したものであること(同年八月二六日には、同車も道路交通事業抵当法で定める道路交通事業財団に属するようになつた。)が認められ、さらに〔証拠略〕によれば、原告の治療費の一部を被告グリーンキヤブにおいて支払つていることが認められ、これら認定に反する証拠はないところ、これらの認定事実および前記推認事実からすると被告グリーンキヤブの加害乙車に対する運行支配が切断されていたと認めることはできない。
したがつて、被告グリーンキヤブも運行供用者として原告の蒙つた損害を賠償すべきである。
(四) 被告浅賀は、免責を主張しているので、以下これについて検討する。
〔証拠略〕によれば、本件事故現場は、一之橋と三之橋との間を結ぶ、車道幅員二六・二米のと、車道幅員一七・三米の仙台坂方面に向う道路との交差点の中であること、被告原は加害乙車を運転し、一之橋から三之橋方面に向い、時速四〇粁の速度で進行し、本件交差点を右折するに際し、わずかに減速したが、対向して走行してくる加害甲車との距離および同車の速度を見誤り、その前を右折し終えることができるものと軽信し、そのまま進行したこと、一方被告浅賀は加害甲車を運転し、本件道路を、三之橋から一之橋方面に向い、時速約四〇粁の速度で進行し、本件交差点を直進通過しようとしたが、右折して進行してくる対向加害乙車を認めたが、同車が一時停止するであろうと軽信し、同車の動静に十分注視を払うことなく進行したため、約一〇米の至近距離になつて進行してくる乙車に気付き、急制動の措置をとつたが間に合わず、甲車の前部が乙車の左後部ドア付近に衝突したことが認められ、これに反する証拠はない。
これによると、被告浅賀にも、前方注視に不十分な点があつたといわねばならず、したがつて、被告浅賀は、本件加害甲車運転に際し、注意を怠らなかつたことを認めることができない。
ちなみに、被告浅賀と被告原との過失割合を比較すると、前記したような、両車の速度、衝突部位、過失態様に鑑みると、被告浅賀が一、被告原が二とするのが相当である。
(五) 以上判断したとおり、被告グリーンキヤブ、被告グリーン世田谷および被告浅賀はそれぞれ加害乙、甲車の運行供用者として、自賠法三条により、被告原は、民法七〇九条により、原告が本件事故により蒙つた損害のうち、相当因果関係にあるか、特に予見した範囲のものを、不真正に連帯して賠償しなければならない。
二 (損害)
(一) (傷害の部位・程度)
〔証拠略〕によれば、原告は、加害乙車の左後部座席に乗客として乗つていたところ、本件事故による衝撃により、右側頭部と胸を強打し、膝も打つたこと、原告は事故当日の昭和四三年一一月六日から同月二二日までの間に一一日、港区南麻布二丁目所在の古川橋病院に通院し、治療を受けたこと、その間、原告は頭痛、めまい、全身脱力感、胸部痛が続いていたことおよび頭部を打撲したことの心配から、通院するほかは(通院にはタクシーを利用した。)、自宅において安静にしていたこと、しかし、注射、内服薬の投与等により、経過は良好で、一六日程休業して回復したこと、しかし、原告はその後も時々は頭痛が起り、マツサージを受けたりしていたが、そのほか、昭和四三年一月二二日から昭和四六年一〇月七日までに三一回以上、港区赤坂一丁目所在の福井医院に通院して治療を受けたことが認められ、これに反する証拠はない。
(二) (治療関係費)
1 治療費 金一三万三九〇〇円
〔証拠略〕によれば、原告は前記治療に伴ない、古川橋病院に金二万九四〇〇円、福井医院に金一三万三九〇〇円の治療費の支出を余儀なくされたことが認められ、これに反する証拠はないが、〔証拠略〕によれば、そのうち古川橋病院の分は被告グリーン世田谷らの方で支払済であることが認められ、これに反する証拠はないから、原告の残損害は金一三万三九〇〇円である。
2 通院交通費 金二二〇〇円
原告が古川橋病院への通院に際し、タクシーを利用したことは前認定のとおりであり、原告の当時の症状からして、タクシー利用も、事故と相当因果関係にあるものと認めるのが相当であるから、この間の通院交通費は金二二〇〇円と算定される。
二〇〇×一一=二二〇〇
(三) (休業損害) 金三〇万一〇〇〇円
〔証拠略〕を総合すると、原告は本件受傷による休業期間中、家事手伝、身の廻りの世話を受けるため、人を雇用し、同人に一日当り金一五〇〇円の割合で賃金の支払いを余儀なくされたこと(したがつて、その支払い額は金二万一〇〇〇円を超えること。)、原告は、事故直前から銀座において、ホステス二〇名、バーテンら五名を使用してクラブ「本因坊」を経営していたが、本件受傷のため二日間営業をせず、その後一二日間は元の同僚訴外小西信子に依頼して采配を振るつてもらつたこと、原告のクラブを開店しなかつた二日間について従業員に対し、休業補償をし、その額は金一四万八〇四六円であること、同店は借家であり、その賃料は一日当り金三七六〇円であり、原告は二日間の休業中も右賃料の支払いをしたこと、原告は訴外小西に報酬として一日当り金二万円の割合で支払いをしたことが認められ、これに反する証拠はない。
しかし、原告の営んでいる職種の特殊性、規模からすると、原告が休業することによつて必然的に店の営業も休業しなければならなかつたものとは認め難く(営業開始直後のため、原告に代つて釆配を振える者がいないため、休業のやむなきものとしても、それは特殊の事情であり、被告らにおいて予見していない限り、被告らに負担させることはできない。)、したがつて、原告の休業による経費支出およびその間の喪失利益は、本件事故と相当因果関係にあるとは認めることができず、本件事故と相当因果関係があるのは、原告自身の労働能力喪失によると評価されるものに限るべきである。そのような労働能力喪失の評価自体は必ずしも容易なものではないが、本人の代わりに相当の代替者を雇入れ、営業成績に特に差がない時は、その代替者の賃金をもつて、本人の労働能力評価の一資料となし得る。原告が営んでいるクラブ等にあつては、経営者の在、不在がその営業成績に大きな影響を与えることは容易に推測されるところであるから、相当な代替者を得ても、経営者が休業しているため収益が減じた場合には、その収益損をも本人の労働能力の算定の一資料となるものであるが、本件にあつては、訴外小西を代替者として依頼していた期間、収益が減じたことを認めることのできる証拠はないから、訴外小西に対する報酬額を基準として、原告の労働能力の評価をすべきである。そうすると、原告が店を開業しなかつた二日間については、後記認定の一日当り金二万円が本件事故と相当因果関係がある損害である。
そして、〔証拠略〕によれば、事故後の昭和四三年の原告の営業成績を見るに、原告の年間収入は金三六三〇万七〇八〇円であり、所得は金三二八万五七六七円であることが認められ、これに反する証拠はないから、原告の代替者訴外小西に対する一日当り金二万円の報酬も不当なものとは認められず、本件事故と相当因果関係の範囲にあるものと認めるのが相当である。
そうすると、原告が休業した期間中の原告の本件事故と相当因果関係にある休業損害および逸失利益は、次のとおり、金三〇万一〇〇〇円と評定するのが相当である。
二、一〇〇〇+二〇、〇〇〇×一四=三〇一、〇〇〇
(四) (慰藉料) 金一〇万円
前記したような、本件事故態様、原告の受傷の部位、程度、その治療経過に、事故直前に関業したクラブを休業しなければならない事情等諸般の事情に鑑みると、原告の精神的損害を慰藉すべき額は、金一〇万円が相当である。
三 (弁護士費用)
以上のとおり、原告は金五三万七一〇〇円の損害金の連帯しての支払を、被告らに求められるところ、〔証拠略〕によれば、被告らはその任意の支払をなさなかつたので、原告はやむなく弁護士である原告訴訟代理人にその取立を委任し、弁護士会所定の報酬の範囲内で、手数料および成功報酬として各金九万円計金一八万円を第一審判決言渡後支払う旨約定していることが認められ、右認定に反する証拠はない。
しかし、本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと原告が被告らに負担を求めうる弁護士費用相当分は、金五万円であつて、これをこえる部分迄被告に負担を求めることはできない。
四 (結論)
そうすると、原告は金五八万七一〇〇円およびこれにより未払の弁護士費用金五万円を控除した内金五三万七一〇〇円に対する一件記録上訴状送達の翌日以後の日であること明らかな昭和四六年四月一三日より支払済み迄年五分の割合による民法所定遅延損害金の連帯しての支払を求めうるので、原告の本訴各請求を右限度で認容し、その余は理由なく失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中康久)